酒場の偽王
古い水門の近くにある酒場で、髪を金色に染めた男が自らを『夜の王』と名乗っていた。従う者は六人。橋の通行人を脅し、荷物を取り上げ、酒代を払わず威張る。シオンはその噂を聞いた時、胸に刺さるような嫌悪を覚えた。自分が初めて橋で叫んだ姿と、どこか似ていたからだ。
酒場に入ると、男は給仕の少女に酒瓶を持たせたまま笑っていた。少女の手首には指の痕が残っている。シオンは黒外套を脱ぎ、男の前の椅子に掛けた。「王を名乗るのなら、せめて誰を養っているか答えろ」。男は答えず、酒瓶を投げつけた。
シオンは椅子を倒して瓶を避けたが、床で割れた破片が給仕の足に当たった。店主が怒鳴り、客が外へ逃げた。乱闘はみっともなく、勝つ方法も用意していない。シオンは拳を一発受け、奥歯を噛んで厨房へ退いた。そこで店主に水をかけられた。
「やるなら外でやれ。働く子を巻き込むな」。その一言に返せる美しい台詞などなかった。シオンは給仕に傷の手当て代を払い、男の顔と仲間の数だけ覚えて出た。
厨房で割れた瓶を拾う店主の手を見て、シオンは何かを言いかけた。しかし店主はすでに次の仕事に取りかかっている。床板を洗い、客の忘れた手袋をまとめ、残った料理を冷めないうちに出す。店の主人にとって騒動は伝説でも試練でもなく、金と時間が減ったただの災難だった。
外では夜の灯が一つずつ消えていた。彼は自分が助けるつもりで入ったわけではないと認めた。気に障る男を黙らせたかった。そのために別の人間が傷ついた。悪の名を掲げるなら、そういう結果からも目を背けてはならない。




