黒衣の見習い
シオンの下宿を、黒い布を肩に掛けた少年が訪ねてきた。少年は自分も恐ろしい者になりたいと言い、橋の上で名乗った話を聞かせてほしいと頼んだ。町の子供から噂を集め、以前シオンが身を置いた酒場の入口まで探したという。
シオンは少年を追い返そうとしたが、机の上に置かれた自作の木版が目に入った。花弁は不揃いで、彫刻刀の傷が深い。少年はそれを胸へ飾り、近所の子に脅し文句を言ってみせたらしい。シオンは短く笑い、次の瞬間には笑えなくなった。自分も同じだった。
少年の父親は河港の桶職人で、息子が仕事をさぼっていることを知らなかった。シオンは父親へ事情を話し、少年に木版を返した。少年は怒り、裏切り者と叫んで帰った。その背中を見て、シオンは初めて自分が誰かの憧れとして危険な形を取る可能性を考えた。
父親の桶工房では、少年が木版を削った夜の話が何度も出た。弟子の中には笑う者がいたが、父親は仕事道具を取り上げなかった。刃物の扱いだけ厳しく教え、削るなら何に使う品か説明させた。少年は桶の底に小さな花を彫り、今度は誰も脅さずに済ませた。
夕刻、桶職人が礼を言いに来た。シオンは感謝されることを嫌がったが、父親は頭を下げただけで去った。翌日から少年は工房へ戻り、板を削る仕事を続けた。それでも黒布を捨てたわけではない。父親は無理に取り上げず、仕事のない時間にだけ木工を許した。
シオンは少年の版を思い出し、黒い花の花弁を数えた。自分の目指す悪を真似る者が、ただ弱い人間を脅すなら、それは耐えられない。だからといって一人一人の行いを支配することもできない。彼は紙へ一行だけ書いた。『悪の名を借りて逃げる者には、名を貸さない』。




