霧中の検問
春の霧が河港を覆い、朝の荷船が入れなくなった。港務官は安全のため入港を制限したが、船頭たちは待機料を巡って抗議した。シオンは桟橋の帆布を直すため来ていた。霧で対岸が消えると、岸の人々は音だけを頼りに動く。
水路の上流で小さな鐘が鳴り続けた。作業船の信号だと思われたが、よく聞けば一定の間隔で三度止まる。港務官は巡視艇を出し、座礁した客船を発見した。船には公領から来た病人も乗っており、救助の順番を間違えれば危ない。水夫たちは船縁へ縄を掛け、静かに人を移した。
シオンは濡れた帆を押さえ、子供を包む布を持って岸に立った。救助が済むと、港務官は入港制限を緩めず、むしろ鐘の鳴らし方を改めた。船頭たちは不平を言いながらも従った。危険を知ったあとに強まる規則は、必ずしも権力者の横暴ではない。
霧に濡れた客船の船長は救助後、自分が航路を読み違えたことを認めた。ただ霧の中で港鐘を聞き間違えたと主張し、港務官も設備の点検を命じた。誰か一人の過失へまとめず、霧の日の手順を変える。船主には遅れた運賃の請求が残り、船頭たちは次の便を準備した。
港には今日も黒花の札が下がった船があった。船主は不安を紛らわすため買ったと話し、シオンの顔を知らない。彼は札を見て、奇妙な敗北感を覚えた。自分の印より、霧の向こうで鳴る小鐘の方がはるかに多くの命を動かしている。
昼過ぎ、救助された病人が診療所へ運ばれた。濡れた荷は検査を受け、船頭たちは滞在費を請求し合った。英雄らしい名乗りは一つも聞こえない。シオンは仕事道具を片付け、帳場に残された濡れた船荷の目録を乾かす手伝いをした。




