黒い花の贋作
市の東口で、黒い花を彫った木札が売られていた。露店の少年は買うと夜盗に襲われないと説明し、一本の銅貨を二枚で売っている。札の花弁は丸く、シオンの印とは似ても似つかない。見物人の一人が「本物の印はもっと細い」と教えたが、少年は意に介さなかった。
シオンは店の前に立ち、札を一枚買った。裏には小さく『旅の安全を保証せず』と彫られている。少年は印の由来を知らず、川向こうの木彫師から仕入れたという。シオンは怒鳴りつけようとして、露店の売上を数える少年の手を見た。自分の印の価値は、自分だけでは決められない。
翌日、木彫師の店を訪ねると、店主は胸を張って売買契約を見せた。町の紋章でも貴族の家紋でもないのだから、使うのは自由だという。書類としてはその通りだった。シオンは机に本物の木版を置き、「これは私の印だ」と言った。店主は驚き、やがて笑った。「じゃあ有名にした礼を言いな」。
木彫師は本物と偽物の印の違いを、客へ説明する気はなかった。説明すればかえって売れると考えたからだ。シオンは店主の商売勘に皮肉な感心を覚えたが、仕入れた木の本数と売った札の数だけ聞き出した。印は商いの道具になり、いくつもの村まで運ばれていた。
シオンは木版を持ち帰った。札を取り上げても、もう街道へ流れた品を回収できない。逆に模倣が広まれば、犯罪の責任を押しつけられる危険もある。ネラから帳簿の印と所有の関係を習った時は、こんな問題が起きると思わなかった。
夜、市の門を閉める鐘が鳴った。旅人は安い札を買い、裏面を確かめずに荷へ結んだ。シオンの望んだ恐怖は、いつの間にか商いの言葉へ姿を変えている。笑われたことより、自分の悪がまだ他人に説明できぬほど曖昧なことが悔しかった。




