候補生の破れた地図
エルクが工房へ戻ってきたのは、革帯の修理が気に入ったからではなかった。宿で広げた街道地図の端が破れ、風の強い峠の道が読めなくなったのだ。紙を継ぐ職人を探している。シオンは木綿紙を裏から当て、薄い糊で合わせた。
地図には国境近くの見張り火が記されていた。シオンはかつてカルナと歩いた場所を指し、境の焚火が両側の領民を守っていると話した。エルクは補給隊の記録と照らして頷いた。「境は線だけでは守れないんですね」。子供じみた理想を語らない姿が、シオンにはかえって気になった。
帰り際、エルクは一枚の手配書を机に置いた。北街道の宿泊人から賃金を奪う者が出ているという。手配された男は貸主の弟に似ていたが、似顔絵は粗く、断定できない。シオンは知っている情報を告げ、ヨエルに話を通すよう頼んだ。
地図の裏には小さな文字で、古い橋が春の増水に弱いと記されていた。エルクはそれを写し取り、補給隊の責任者へ報告すると言った。シオンは悪名を築くために橋を止める発想をしたことがある。しかし少年は壊れる前に避け道を探す。その違いを突きつけられるようだった。
候補生は礼を言っただけで帰ろうとした。シオンは思わず呼び止めた。「相手が自分より強かったらどうする」。エルクは少し考え、仲間と道を調べ、守る人を逃がす、と答えた。勝ちたいとは言わなかった。シオンは針を持ったまま、しばらく返す言葉を探した。
夜の工房へ別の客が来た。濡れた鞄の持ち主は関所の会計係で、急ぎの記録を綴じてほしいという。シオンはエルクを考える手を止め、料金と納期を決めた。候補生の旅は続き、彼の一日も誰かとの出会いだけで終わることはない。




