銅の鐘と春市
北谷の羊飼いたちがルーヴェルの春市へ着いた。被害が増えた冬だったが、乳を余らせないため塩漬けの品を売りに来た。広場では銅の小鐘が鳴り、商人の呼び声が重なる。シオンは荷台の帆を直す仕事を終え、オランの手伝いで価格札を並べた。
露店の隣には王都の騎士候補生が四人いた。旅費を節約するため武具を自分で手入れしており、使い古した革帯の補修を求めた。最年少のエルクは十六歳。上官の命令で北の村を巡り、街道の危険を調べる途上だという。彼は黒い外套を見ても何も言わず、腰の剣を外して机に置いた。
「恐いものはあるか」とシオンが尋ねると、エルクは剣帯の裂け目を示した。「これが切れると馬から落ちます」。英雄らしい答えを期待したシオンは失望した。候補生はそれに気づかず、革の縫い目に感心している。周囲の三人は宿代の分担を相談し、春市の終わる時刻を気にしていた。
エルクの仲間の一人は手袋を買う金がなく、古い布で掌を巻いていた。シオンは商売として余った革を勧めたが、少年は王都へ帰れば支給品が届くと断った。騎士になるための道にも、見栄を張れない日常がある。修繕代の勘定には、剣術の腕前など一行も書かれていなかった。
騎士候補生が立ち去ったあと、羊の塩漬けが予定より売れた。オランは稼ぎの一部を村の共同柵の費用へ回すと言う。通りで客同士の喧嘩が起きても、商人たちは壊れやすい瓶を先に移した。誰かの名乗りより、売り場の安全が優先された。
シオンはエルクの修繕代を数え、黒い花を押した領収書を出しかけてやめた。相手が剣を佩くからといって、求める英雄になるわけではない。それでも誰かが剣を振るう理由を知りたいという気持ちは、春の陽気の中で確かに芽生えていた。




