谷から来た羊飼い
北谷の村から羊飼いの青年が来た。風見鶏の刻印が変わって以来、岩鼠や小型の魔獣が牧草地へ現れるという。証拠として持参した革袋には、羊の脚から抜いた小さな棘が詰まっていた。村では羊の出産期が始まり、畜舎を守る人手が足りない。
町会は被害調査の前に、宿駅の旧契約を探すよう命じた。三十年前の修理帳には術師の名があるが、書き換えの記録は残っていない。リスベルは術式を写し、王都の同僚へ鑑定を頼んだ。結果には時間がかかる。それでも村は今日の羊を守らねばならない。
カルナは村への護送依頼を引き受け、シオンは荷の梱包を手伝った。途中の道で、羊飼いは誰かが刻印を変えたなら罰してほしいと言った。シオンはその言葉に共感したが、相手が無知のまま修理をした可能性もあると聞かされ、返事を控えた。
村の畜舎には羊の名を記した木札が並んでいた。病んだ羊を見逃さぬための工夫で、子供たちは札を読む役を任されている。シオンは一頭の名を読み間違え、笑われた。遠くの町で恐れられたい男も、ここでは羊の癖を知らない客に過ぎなかった。
村へ着くと、畜舎の柵には布の切れ端が結ばれていた。獣を怖がらせるため、村の子供たちが風に鳴る仕掛けを作ったのだ。傷んだ布は魔術ほど頼もしくない。だが親たちは子供の働きを認め、壊れた箇所を直して使った。羊の数を確かめる声が夕暮れまで続いた。
夜半、遠くの丘で獣の鳴き声がした。カルナは松明を持ち、青年たちと柵を見回る。シオンは布の端を締め直しながら、凶悪な者を罰することだけが世界を変えるのではないと知った。一方で、誰かが意図してこの谷へ獣を追いやったなら、その者を見逃すつもりもなかった。




