峠の風見鶏
北辺の峠で風見鶏が折れ、宿駅の屋根から落ちた。魔除けの銀線が巻かれた古い飾りで、風の向きに応じて夜道の魔獣を遠ざける弱い術が刻まれている。術師組合は修理に職人を派遣する予定だったが、王都の祭礼用灯具の注文が先に入った。
宿駅の管理人は町会へ助けを求めた。峠を通る隊商が一つ減れば、宿の食料も減る。トアは荷札を運ぶ仕事で報告を聞き、自分の隊商を少し遅らせて安全な昼間に峠を越えるよう進言した。大人の御者たちは若い見習いの提案を、損益と照らして採用した。
シオンは防風幕の縫い仕事で峠へ同行した。祭礼のために魔除けを後回しにする王都の術師たちを嘲りたくなったが、同行するカルナは別の事情を話した。術具の材料となる銀糸が不足し、王都の注文には先に納める契約上の罰則があるという。悪意だけで決まった優先順位ではなかった。
宿駅の荷棚には魔除けの効く範囲を示す墨線が引かれていた。何年も使われて擦れた線を、親方は毎春書き直してきた。カルナは線より外へ荷を置かぬよう御者に告げた。術が万能なら見張りも要らないはずだが、夜番の手当は今年も予算から削られていなかった。
夜、宿駅の壁際を小さな影が横切った。飢えた岩鼠の群れで、人を襲うほどではないが干し肉を荒らす。カルナは剣を抜かず、木箱を移して扉を塞いだ。シオンは風除けの布を張り、荷の隙間をなくした。魔術が戻るまで人の手で補うしかない。
春の峠は雪解け水が流れ、風見鶏のない屋根は思いのほか寂しかった。シオンは旅の安全が一つの光る印に託されていることを知った。もしその印を壊せば、多くの人が恐れるだろう。思いついたことに自ら嫌悪を覚え、手を革手袋の中で握り締めた。




