夜間学舎の窓
河港の荷役組合が、冬を越えて働いた若者たちのため夜間学舎を始めた。読み書きのできる人足が増えれば送り状の間違いが減る。教材の費用は町会と組合が折半し、教室には修繕したばかりの長椅子が並んだ。シオンは破れた窓掛けを直しに呼ばれた。
授業が終わる頃、一人の男が校門に現れた。父親が借金をしているから、息子の学費を払えと要求する。講師は学費を取っていないと説明したが、男は聞く耳を持たない。彼が求めているのは金そのものより、家族への圧力だった。
シオンは戸口から様子を見た。男は自分を貸主の代理と名乗り、規約を書いた紙を振り回した。紙には署名も印もなく、同じ文が三度繰り返されている。シオンが指摘すると、男はそれなら借金を取り立ててみろと言い放った。シオンは相手の襟首に手を伸ばし、寸前で止めた。生徒が窓から見ている。
講師は閉門を少し遅らせ、帰り道を二人ずつ歩くよう生徒に勧めた。男に逆らうためではなく、暗い橋で転ぶ事故を防ぐためだという。少年の友人は余分な上着を持ち、寒がる相手へ黙って貸した。教室の灯は、抗議の声が消えた後もいつもの時刻まで点いていた。
講師は明かりを落とさず、町の法務書記を呼んだ。書記は借用証を確認して本人への請求と家族への脅迫を分けた。男は翌日の出頭を命じられ、その場から去った。しかし恐れた生徒はもう学舎へ戻らないと言い始めた。
シオンは窓掛けを取り付け直した。子供たちが見なくて済むよう布で隔てることはできる。だが、聞いてしまった声までは消せない。男の振り回した紙を思い出すと腹の奥が熱くなった。自分が憎む悪の形が、また一つはっきりした。ただ相手の無様さを笑うだけでは、何も守れない。




