鍛冶屋の残り火
町の東端で鍛冶屋の火が消えた。老鍛冶師ヘルトの手が震え、炉の温度を保てなくなったのだ。息子は王都で軍需品を打ち、娘は河港で帳場を任されている。店を継ぐ者がいないまま、修理待ちの車軸が庭に並んだ。
シオンは破れた防火布を届けに行き、ヘルトから妙な頼みを受けた。炉を売りたいが、魔術師組合の古い刻印が台にあり、解除には費用がかかる。刻印は火勢を一定に保つ簡単な工芸術で、放っておけば効力を失う。それでも所有権が移れば事故の責任を問われるという。
町の若い鍛冶師は店を欲しがったが、負債を恐れた。シオンは刻印を削り取る方法を思いついた。印が消えれば誰も責任の所在を調べられない。手早い悪事だ。ヘルトにそれを話すと、老人は首を振った。「私が残した火だ。次の人へ黙って押しつけはしない」。
組合が派遣したのは、灰色の髭を持つ符刻師だった。彼は炉の温度符へ水滴を落とし、弱い青光が残るのを確かめた。術式を使い切る前に止めたことが、次の持ち主の安全にも繋がる。ヘルトはその光を見て、ようやく長い息を吐いた。
後日、組合の符刻師が炉を調べに来た。刻印は二十年前、火傷をした見習いを守るために付けたものだと判明した。解除料は高かったが、組合が半分負担する規則も残っていた。書類を探したのは娘で、職人たちに頼み込んだのは若い鍛冶師だった。シオンは防火布を寸法どおり縫っただけである。
炉の売買が決まると、ヘルトは金槌を一本だけ手元に残した。使い古した柄には焦げ痕があり、飾るほど立派ではない。シオンはその形を覚えて帰った。何かを受け継ぐ者は、前の持ち主が残した責任ごと受け取る。黒い花を掲げる自分にも、そんな覚悟が必要なのだろう。




