動かない秤
河港の穀物市場で、秤の検査日が決まった。古い分銅の摩耗が相次いで見つかったためで、量目の差は小麦の値にも関わる。シオンは問屋から帆布の修繕を請け負い、検査台の幕を縫った。仕事を見守る検量師セリナは片方の耳が聞こえず、筆談用の板をいつも腰に提げていた。
検査の前夜、運搬組合の男がシオンを訪ねた。検量師が使う標準分銅の袋へ手を加え、ある問屋だけ不正に見えるよう細工してくれれば報酬を出すという。男は問屋から散々値切られたと訴えたが、提示された金はその何倍もあった。誰か別の注文が背後にあるらしい。
シオンは申し出を断らず、期限だけ聞いた。見せかけの権威を崩す。そうした手段に強く惹かれている自分を認めながら、修繕に使う真鍮針を磨いた。袋の紐には運搬組合独自の結び目があり、持ち主はすぐ判別できる。細工をすれば、疑われるのは彼より若い運搬人たちだった。
セリナは壊れた分銅を木箱に並べる前、商人ごとに過去の検査表を確かめていた。一度の狂いでは不正と決められない。熱で膨らむ金属もあれば、年月で削れる縁もある。シオンは彼女の筆記板に『誰を罰するかより、まずどれだけ違うか』と書かれた行を見つけた。
翌日、彼はセリナに筆談板を借り、見知らぬ男が袋を調べようとした事実を記した。検量師は役所へ届け出たが、誰が仕組んだかを決めつけず、検査の手順を増やした。結果として市は一日延び、魚屋の屋台まで場所を替えることになった。
男は約束した時刻に来なかった。シオンは取引が潰れたことを残念に感じ、そんな自分を苦笑した。誰かを疑わせる細工は簡単だ。疑いを晴らす時間を自分が引き受けないなら、格などどこにもない。川面に夕日が落ち、セリナは傷のある分銅を一つずつ封じていた。




