夜明けの補償
問屋の裏門から、荷車が二台出た。シオンはネラが読んだ帳簿の印を覚えていた。運ばれるのは良質のなめし革で、問屋が差し押さえを避けるため外へ移す品だ。彼は運搬役の一人に声を掛け、送り状の偽印を指摘した。男は顔を強張らせ、荷車を置いて逃げる。
シオンは荷を奪って門前の職人に渡すつもりだった。だが箱を開けると、革はすでに隣町の靴工房が代金を払ったものだった。横取りすれば問屋より、その工房が困る。予定を変え、送り状と二重帳簿の写しを北門の徴税所に投げ込んだ。盗んだ金を配るより、相手を公の場に引きずり出すほうが恐怖になると考えたからだ。
昼、役人が問屋の帳場を封印した。主人は激怒し、職人たちは門前で歓声を上げた。しかし革の売買は一時停止し、隣町の靴工房では材料が届かず人手が余った。シオンが市場を通ると、職人の一人が彼の顔を探していた。助けてくれた誰かに礼を言いたいという。
シオンは声を掛けなかった。感謝されるつもりで動いたのではない。何より、帳場を封じたのは自分ではなく役人で、その仕組みを教えたのはネラだった。その事実が少し悔しい。
封印の知らせを受けた靴工房の親方は、材料の到着予定を五日延ばした。仕事がなくなった職人には倉庫の掃除を頼み、給金の半分を前払いする。無理を重ねれば来月の注文に響くと分かっていた。それでも人を解雇するよりよいと判断した。誰にも知られないそんな決断が、問屋から遠く離れた家の食卓を守っていた。
夕方、工房へ戻るとミラが汚れた外套を干していた。「夜歩きが過ぎるよ」。シオンは新しい金具を磨きながら、力を持つ者ほど他人の手を借りるのだと理解し始めていた。自分だけで全てを成すという考えは、もう似合わなかった。




