春前の路地
水路沿いの空き家は、シオンが拘禁されている間に別の借り手が決まっていた。家主は契約に従って荷物を倉庫へ移し、未払いの家賃を差し引いた。シオンは文句を言わなかった。住む場所を失うことも、自分が選んだ結果の一つだった。
彼は小さな下宿を借り、再び幌の修繕から始めた。依頼は少なく、名前を聞いて帰る客もいる。悪の名を知られるとは、必ずしも人が怯えてひれ伏すことではない。避けられ、信用されず、仕事が来なくなることでもある。
北門ではトアが以前より大きな荷車を任されていた。衛兵バルトは新人の巡回記録を直し、ヨエルは盗みの捜査で南区へ向かう。リュシアは王都に戻る準備を進め、ネラは春の輸送契約で忙しい。誰もシオンを中心に予定を組まない。
その夕刻、シオンは市場の裏で、かつての金髪の男を見かけた。重労働の判決を終えて戻ったばかりで、仕事を探しているという。男は目を伏せ、かつての自称を口にしなかった。シオンも声を掛けない。相手が変わったかどうか、遠目では分からない。
下宿の主人は、シオンが元囚人と知って少しだけ敷金を高くした。逃げられれば家賃を回収できないからだという。交渉の末、シオンは修繕仕事の契約書を担保代わりに見せた。主人は受け入れ、鍵を渡した。信頼が一度壊れれば、戻すのには言葉だけでは足りない。その現実が彼には腹立たしく、同時に公平でもあった。
下宿へ帰る道で、黒い花の木版を取り出した。これまでの悪事は未熟だった。しかし未熟であったことが罪を軽くするわけではない。彼は一度印を握り直し、まだ町へ掲げる時ではないと判断した。




