待たされる家々
返金が延期された知らせは、朝の市場で最初に広まった。北門へ荷を運んだ商人は翌月の仕入れ金を失い、靴工房の親方は職人への賞与を後回しにする。役所の書記は処分待ちのまま仕事を外され、娘の薬代を妻が親族から借りた。誰も証拠箱の底板を見たことはない。
ネラは新しい貸付の申請を整理しながら、金額の小ささに怒りを覚えた。ひと月分の給金があれば助かる家ばかりだ。大きな権力争いの名もない遅れが、生活を狭めている。彼女は王都への直訴文を書いたが、監察局からの返事は来ない。
シオンはその話を聞き、受領記録を戻すことを考えた。戻せば調査は進む。しかし自分が箱を開いた事実も、遅れた時間も消えない。美学を口にする資格は、結果を捨てて逃げる者にはないはずだった。
彼はラウルを訪ね、記録の内容を語った。仲介人は冷たい目で見返した。「人を飢えさせるつもりでやったのか」。シオンは否定した。「だがそうなった」。ラウルはそれ以上責めず、返すなら誰に渡すべきかだけ教えた。
王都の監察局は、証拠箱に不正な開封があったと聞き、地方の書類取扱い規則を見直し始めた。その作業にあたる職員は、ほかの町から届く報告も抱えている。ルーヴェルだけが特別な災難というわけではない。シオンは一人の若者の悪意が、知らぬ官吏の机の上でいくつもの手続きに変わることを想像した。自分の力を誇るには、あまりにも遠く、あまりにも地味な結果だった。
夜、シオンは返還の手紙を書き始めた。名前と住所を隠すためではなく、なぜ盗んだかを正確に書くためだった。理由を飾らないことが、彼に残された最低限の形だった。




