証拠箱の空白
役所の倉庫へ入ったシオンは、木箱の底板を慎重に外した。中には帳簿と関税の命令書が整理され、赤い紐で束ねられている。彼が欲しかったのは一枚の受領記録だった。誰が旧式の命令書を流したかを示す最後の証拠である。
受領記録を抜き取り、底板を戻す。作業は短く済んだ。だが見張りの足音が近づき、シオンは窓から飛び降りて足首を痛めた。逃げた先の水路に落ち、膝まで冷たい水に浸かる。手紙だけは濡らさなかった。
翌朝、監察補佐官リュシアは箱の異変に気づいた。底板の釘の跡が新しくなっている。輸送は中止され、箱に触れた職員全員の手続きが調べ直された。証拠の一部が消えたため、書記の処分も返金も延期となる。
シオンは手元の受領記録を読んだ。旧式の命令を流したのは町会議長ではなく、税収不足を恐れた役所の上官だった。議長への疑いは大きく薄れる。相手を追い詰める材料に使えると思った一枚が、逆に議長の助けになる可能性さえあった。
返還を急がぬと決めた夜、窓の外で荷車が止まった。遅い時刻にも薬を運ぶ者がいる。シオンは誰に責任が及ぶかを考えるのをやめようとしたが、ネラに習った数字が頭から離れなかった。証拠が一日止まるたび何枚の申請が積もるのだろう。彼は盗んだ記録の端へ勝手に印を押しかけ、やめた。他人の責任の証は、彼の所有物ではなかった。
彼は暖炉の前で足をさすり、初めて自分のためだけに公の調査を止めたことを認めた。人々の暮らしが遅れると知りながら実行したのだ。もはや、町のためにやったとは言えない。その冷たさが心の底に沈んでいた。彼は眠れず、夜明けまで手を洗った。




