境界の見張り火
サーヴェン公領との境では、小さな焚火が夜通し燃えていた。両側の見張りが交代で灯を確かめる。山から獣が下りる季節には、どちらの領民にも危険があるからだ。シオンは護送の帰路でその火を見つけ、二つの領地の境に立ち止まった。
公領の見張りは、王国の兵が火に近づきすぎるのを嫌がった。王国側は逆に、薪を分け合わなければすぐ消えると主張する。互いの命令書は違っていたが、夜を越したい事情は同じだった。やがて両側が一歩ずつ退き、火だけを共有することにした。
シオンはその場で誰かを煽れば、国境に大きな騒ぎを起こせると考えた。だがカルナが横で小さく言った。「焚火を消せば、明日の道が塞がる」。護衛の彼女にとって、争いで失うのは契約の信用だ。余計な挑発をする者を置いていくとも告げた。
シオンは口を閉じ、火を見ていた。国同士の憎しみを一人の演技で作れるとは思わない。それでも、火が消えれば両側が疑い合うことは想像できた。悪を成すには、火を消すだけで済む時もある。その安易さを彼は怖れ、そして覚えた。
公領側の見張りは、冬の火を守るために薪を半分だけ持ち寄った。王国側は水桶を置き、火が広がらぬよう見張った。お互いに完全な信頼はない。だが雪道で凍える旅人を見捨てれば、どちらの領主も責められる。国境の小さな協力は、理想より実務に支えられていた。シオンは火を消す誘惑を抱きながら、そんな実務の粘り強さをはっきり見ていた。
翌朝、見張りたちは同じ火の残りで茶を沸かし、それぞれの門へ戻った。境界に争いは起きなかった。シオンはそこを通り過ぎ、靴裏の泥を落とした。




