縫い針の裏切り
議長の外套に縫い込まれた銀糸が、脅迫状の封筒から見つかった。ヨエルが工房に持ち込んだ切れ端を見て、ミラはすぐに弟子が使った糸だと気づいた。珍しい色番で、町には一巻しか入っていない。シオンは黙って立ち、指を動かさなかった。
ミラは弟子を裏部屋に呼んだ。「あんたは何をした」。シオンは議長に資料の公開を迫ったことを認めた。違法な金を奪ったわけではないと付け加えたが、ミラは首を振った。「工房で聞いた話を武器にした。それだけで十分だ」。彼女にとって悪の美学など関係ない。客が安心して採寸できなくなる。
工房を出ていくよう告げられた。手持ちの賃金は払われ、寝床も今夜限り。シオンは謝らなかった。謝って許しを得れば、またここで守られた弟子に戻るからだ。けれど戸口を閉めるとき、針箱を持つ手が強く震えた。
ミラは翌日から客に事情を説明し、裁断台の鍵を新調した。弟子の不始末で失った信頼は、数日で戻るものではない。残った二人の職人は忙しくなり、納品を遅らせると連絡する仕事に追われた。
工房に残った職人の一人は、弟子が追い出されたことに驚いた。シオンの縫い目は確かで、忙しい季節には誰より早く仕事を終えていたからだ。ミラは腕の良さと信用は別だと説明した。注文主が何気なく話したことが外へ漏れるなら、どんなに美しい衣装も役に立たない。職人は頷いて針を取り直した。シオンは扉の向こうの静けさを聞き、自分の腕だけは否定されなかったことに、かえって痛みを覚えた。
シオンは安宿の狭い寝台で外套を広げた。あの黒い布を初めて縫った夜には、見栄えのよい悪になれば全てが手に入ると思っていた。いま失ったのは住まいだけではない。自分を人として扱っていた場所だった。




