閉じた革問屋
革問屋の裏庭には、処理の悪い水が溜まっていた。夜更けに忍び込んだシオンは、塀を越えたところで足を滑らせ、膝まで汚泥に沈んだ。身につけた外套は重くなった。これで人前に出るわけにはいかない。壁際に掛けてあった作業用の粗布を羽織り、倉庫へ入る。
棚には靴底用の革と薬品瓶が積まれていた。手傷を負った職人への補償に充てる金があるか調べるつもりで、金庫の引き出しを探す。だが見つかったのは、三つの商会へ同じ革を売ったことにした二重帳簿だった。字面から事情を読み取るには、工房の納品帳しか知らない彼には知識が足りない。
翌日、シオンは市場で働く帳付けのネラを訪ねた。二重帳簿を見せれば大金が手に入るかもしれない、と嘘をつき、数字の読み方を教わる。ネラは複写を取った上で、原本は問屋に戻すよう勧めた。「帳簿だけ盗んでも、買い手と税役所が黙っていれば意味がない」。彼女は記載の日付と倉庫の印を照らし合わせた。
シオンは帳簿を返さなかった。代わりに問屋の門に一枚の紙を釘で留めた。『閉じた扉の内側には、まだ隠せるものがある』。署名はしなかった。
役所の門番は夜間の書類を嫌い、印のない訴えを受け取ろうとしなかった。そこでネラは契約の写しに商会の封蝋を押した。シオンはその細かな手続きを馬鹿にしかけたが、封蝋が付いた途端、門番の態度は変わる。形には意味がある。自分の外套もまた、見た者が何かを読み取らなければただの布なのだ。
翌朝、門前の職人たちが紙を見上げた。誰が書いたのか分からない警告に、問屋主人は初めて窓を開けた。町の修繕工事は遅れ、別の商会が革の値を上げた。シオンの小さな脅しは、働く者の暮らしにも波紋を生んでいた。




