銅貨三枚の脅迫
シオンが最初に狙ったのは、夜市の露店商だった。剣を振り回す盗賊の真似では品がない。言葉だけで銅貨を差し出させるなら、悪としての第一歩になると考えた。相手に選んだのは、乾燥果実を売る老婦人。露店の位置を毎晩変えるため、衛兵にも顔を覚えられていない。
黒外套で立ち塞がり、「その売上の一部を納めてもらおう」と告げた。老婦人はシオンの手元を見た。武器も、仲間の姿もない。「何の税だい」。シオンは答えを準備していなかった。「私が通る道の代価だ」。彼女は溜息をつき、銅貨を三枚差し出した。
予想より簡単だった。ところが受け取った途端、老婦人は隣の肉屋へ声をかけた。「おい、この子が困ってるよ。仕事ないのかね」。肉屋はシオンの袖の縫い目を見て、工房の弟子だと見抜いた。二人は真顔で、労働組合の掲示板の場所を教え始めた。
シオンは銅貨を返そうとした。老婦人は受け取らず、「何をしたいか決めてからおいで」と果実を一つ渡した。彼は悔しさのあまり、果実も銅貨も卓上に置き去りにする。
日暮れの鐘が鳴るころ、老婦人の露店に娘が迎えに来た。娘は売れ残りの干し果実を袋に詰め、翌朝の分を数える。盗まれた銅貨三枚は夕食の塩代になる額だった。シオンは通りの向こうからそれを見た。金が惜しくなかったわけではない。彼女は危険を見極め、相手が本気で脅せない若者だと判断しただけだった。
帰る途中、革問屋の前に長い列ができていた。工場で手を傷めた職人たちが補償を求めている。問屋の主人は門を閉め、昼から一度も出ていないらしい。銅貨三枚さえ奪えなかった自分と、他人の暮らしを握ったまま姿を隠す主人。その違いがシオンには不愉快だった。ただし問屋へ向かったのは正義のためではない。誰もが顔を知り、恐れている相手なら、奪ったものの重さも違うはずだった。




