橋の上の名乗り
ルーヴェルの南橋は、朝になると荷車で埋まる。シオンは欄干の上に立てば、通行人の目線を奪えると考えた。新しい黒外套の留め具を確かめ、鐘楼が九つ鳴るのを待つ。最初の一声は昨夜、三十回も練習した。
「聞け、愚かな者たちよ」。橋の真ん中で叫んだ瞬間、魚屋の荷車が止まった。御者は空を見上げて雨雲を探し、それからシオンを見た。「そこ、通るんだけど」。後ろで小麦袋を積んだ馬がいなないた。声を張り直しても、車輪の音に消される。
巡回衛兵のバルトが来て、欄干から降りるよう命じた。バルトは工房に盾の革紐を直してもらったことがある。「この時間の橋を止めると、市場で魚が腐るぞ」。シオンは悪の宣言を邪魔されたと腹を立てたが、魚屋の桶に銀色の尾が幾つも跳ねるのを見て口をつぐんだ。
詰所に連れて行かれ、通行妨害の罰金を払った。立ち会った書記は彼の名前を尋ねたあと、何事もなかったように別の帳簿を開いた。記録の欄には『橋上で騒いだ染物工』とだけ書かれた。
詰所では罰金を払えない荷運び人が、橋の掃除を三日間する約束を交わしていた。バルトはその男にもシオンにも同じ調子で接した。彼は笑いものにされたと思い込み、わざと冷淡な返事をしたが、衛兵は紙の上で金額を二重に確かめるだけだ。門外の畑が湿っているという報告まで入ってきて、誰も一人の青年に時間を使えなかった。
夕刻、シオンは橋の下を流れる濁った水を見ながら、名乗りだけでは誰も恐れないと悟った。通りかかった少年が「今日のお兄さんだ」と笑い、父親に手を引かれて行く。シオンはその背中を睨んだが、少年は振り返らなかった。北門では石工組合が値上げを巡り交渉を始めており、町には彼の失敗よりずっと大きな話題があった。




