真冬の鐘
ルーヴェルの鐘楼は、冬至から三日間、夜の鐘を一つ増やす習わしだった。遅い帰路の旅人が町を見失わないようにするためだ。シオンは鐘楼の鍵が古いと知り、広場を見下ろす部屋へ忍び込んだ。町会の決まりを無視して鐘を鳴らし、全員の耳に自分の存在を刻むつもりだった。
ところが上階には鐘守の老人がいた。腰を痛め、梯子を登るのに時間がかかる。シオンは息を潜めた。老人は何も知らず、鐘の綱を整え、紙に時刻を書き記した。鐘は誰かの見栄ではなく、村から来る荷車や夜警の約束と繋がっている。
シオンは老人が降りた後で綱を掴んだ。力を込めれば、町中へ勝手な音が響く。だが、今それを鳴らせば門番が夜間の時刻を間違える。遅れた隊商を締め出すかもしれない。彼は綱を離し、代わりに鐘楼の扉へ黒花の印を置いた。
翌日、ヨエルが印を発見した。侵入の痕跡はあるが鐘は無事だ。バルトは何者かが鍵の弱さを示そうとした可能性を考え、修理を命じた。鐘守の老人は予算の不足を心配したが、町会は必要な金を出した。
鐘守の老人は、修理の職人へ梯子の段差も見てほしいと頼んだ。長年の摩耗で一段だけ低くなり、腰を傷めた原因になっていたという。町会は鍵を替えるだけの予定だったが、職人が危険を認めて梯子も直した。黒花の印に気を取られていれば見過ごされた不具合かもしれない。シオンは自分が褒められる筋ではないと知り、むしろその偶然が気に障った。
シオンは少し離れた屋根から修理を見ていた。何も壊さずに相手を動かしたことに満足しかけ、すぐ自嘲した。これでは町の役に立つ忠告者だ。彼が求める悪はもっと暗く、逃げ場を持たぬもののはずだった。




