借りを返す夜
穀物商会の主人が倉庫の番人を解雇した。余剰麦の量が外へ漏れた責任を押しつけたのだ。老番人は息子の手紙を抱えたまま門前に立ち、何も言えずにいた。シオンは自分が数字を掲げた夜を思い出した。情報を持ち出したのは彼であり、番人ではない。
シオンは商会主へ会いに行き、黒い花の木版を机に置いた。「数字を持ち出したのは私だ」。主人は信じず、衛兵を呼ぼうとした。シオンは先に倉庫の送り状を並べ、番人がその夜、持ち場を離れていない証拠を示した。商会主の顔色が変わる。
「何が欲しい」。主人の声は低かった。シオンは番人の復職と、失った賃金の補償を要求した。商会主は合意したが、すぐ別の条件を出す。数字を持ち出した者の名前を町会へ伝えない代わりに、商会への妨害をやめろという。
シオンは首を振った。「私の名を隠したければ隠せ。だが私が何をするかは売らない」。主人は怒りを押し殺し、警備を増やすと告げた。シオンは門を出たあと、指先が震えているのに気づく。自ら名乗れば、次は逃げる場所が狭くなる。
商会主は番人の再雇用を命じたあと、監督へ警備費の増額を相談した。彼には彼なりの損失があり、客の信頼を失えば店を閉めるしかない。だからといって解雇の責任が消えるわけではなかった。シオンは一度だけ、自分があの主人を丸ごと悪と決めつけていたことに気づく。それでも脅しを取り下げる気にはならなかった。
番人は翌朝、仕事へ戻った。シオンに礼は言わなかった。何者かが責任を認めたというだけで、冬の不安が消えたわけではないからだ。町の倉庫には再び灯が点り、麦の量だけが静かに減っていった。




