東の郵便馬車
東の公領サーヴェンから郵便馬車が来た。王国との国境に小さな関所を持つ独立の領地で、今年は収穫が良かったという。町会は麦の臨時輸入を相談したが、公領の役人は自国の冬備蓄を減らせないと返した。値段だけでは動かない相手だった。
シオンは宿でその役人を見た。背筋の伸びた女性で、旅の疲れがあっても表情を崩さない。話を聞くうち、彼女の故郷でも川の堤が傷み、春の修繕資材を集めていると分かった。穀物を売れば石材を買える。しかし万一の飢饉に備える義務もある。
シオンは取引を仲立ちすれば、公領の役人に借りを作れると考えた。ラウルに頼んで石材の余剰を調べ、町会へ提案書を持っていく。だが交渉は何度も止まった。石材を運ぶ馬が足りない。春までに堤を直せる保証もない。紙の上の利益が現場の道を越えられなかった。
役人は約束を結ばず帰った。それでも彼女は二種類の石材見本を持ち帰り、将来の交渉の余地を残した。町会は失敗ではないと評価したが、シオンは何も得られなかったように感じた。
公領の女性役人は帰路、宿駅の主人に馬の飼い葉の値を尋ねた。国境の向こうでは木材が安く、こちらでは石が豊かだと知り、次の交渉に使える数字を書き留める。彼女は王国との友情を誓わず、敵意も示さなかった。故郷へ戻れば自分の領民の議会が待っている。外の国の役人は、他人の土地で勝手に救世主になったりしない。
翌朝、公領の馬車は霧の中へ消えた。境界の向こうにも家や役所や納税者がいる。彼らはルーヴェルの困窮を見て、すぐ救いの手を差し伸べる義理を持たない。その当たり前の独立性が、シオンには奇妙に頼もしく見えた。




