温室の灯
町の救貧院では、薬草を育てる小さな温室の窓が割れた。灰まじりの風が入れば苗が枯れる。院長は修理費を町会へ請求したが、屋根の補修が優先だと断られた。トアは隊商仲間から余った硝子板を集め、院へ運び込んだ。自分で張る技術はないため、ガラス職人の助けを待った。
シオンは工房の余った革紐を持って院を訪ねた。トアが工具を磨いているのを見て、以前の門前の姿を思い出す。「君はどうして、頼まれもしないことをする」。少年は首を傾げ、「ここで父が薬をもらったから」と答えた。見返りを欲しがる声でも、義務を誇る声でもない。
シオンは悪の思想を説こうとしたが、院の子供が硝子の端で手を切り、話はそこで終わった。トアは応急の布を探し、院長は手当てをする。シオンも革紐を結び直す仕事を頼まれ、黙って従った。
午後、修理の職人が来ると、温室は二刻ほどで直った。院長はトアへ礼を言い、シオンには道具を片付けるよう頼む。二人は同じ作業をしたが、そこに宿る気持ちは違っていた。
温室の硝子は色が揃わず、継ぎ目に小さな隙間も残った。それでも苗に必要な光は届き、子供たちは土の乾きを毎朝確かめられる。院長は冬を越したら新しい鉢を買うと約束した。修繕は完全ではなくても、明日へ繋ぐには足りる。シオンはその不完全さを見て、自分が何でも一度で完成させたがる性分を思い知った。
帰り道、シオンは少年の名を帳面の端へ記した。立派な言葉を持たずとも動ける人間がいる。そんな相手が悪を討つ者になったらどうなるだろう。考えは浮かんだが、彼はまだ誰かの人生を決める力を持っていなかった。




