麦袋の封蝋
穀物商会の裏倉庫には、王都の救荒備蓄と記された麦袋が積まれていた。本来は飢饉の際に放出される物資で、平時に売れば重い罰を受ける。シオンは夜間の積み荷から封蝋の形を確かめ、証拠を掴んだと喜んだ。しかし翌日、ネラはそれが王都の旧式の印だと教えた。備蓄そのものではなく、空袋を再利用している可能性がある。
事実を確かめるため、シオンは倉庫の荷役に日雇いとして紛れ込んだ。寒い中で重い袋を運び、午後には腰が抜けるように痛む。賃金を払う監督は無愛想だったが、水だけは十分に用意していた。帳場では麦の仕入れ先が毎日記され、備蓄米の横流しを示す数字は見つからない。
代わりに彼が見たのは、商会が二週分の入荷を意図的に止めている記録だった。麦を倉に留め置けば、市場の値が上がる。違法と断じるには規則が曖昧で、町会が補助を出すなら通常の商売だと言い張れる。
シオンは倉の責任者へ面会を求めた。「人が飢え始めてから売るつもりか」。責任者は「雨が続けば来月はもっと高い」と答えた。考え方の冷たさは理解できる。だが自分の安全な帳場に座り、町中に恐怖を押しつける姿を美しいとは思えなかった。
倉庫の荷役長は、怪我をした若者に重い袋を持たせなかった。働けない分の賃金は減るが、無理をすれば二度と荷運びができなくなる。商会の主人が値を吊り上げても、現場の一人ひとりが悪いわけではない。シオンはその区別を頭では理解したが、感情ではすぐに飲み込めなかった。悪を憎む相手の顔を決めることは、案外簡単で危うい。
彼は即座に告発せず、倉にある麦の量と各町の輸送日数を数え始めた。脅す相手の懐だけでなく、逃げ道も知っておきたかった。




