薄い冬の入口
初霜の朝、ルーヴェルの屋根は白く光っていた。ミラの工房には防寒着の修繕が積み上がり、シオンは指先を赤くしながら針を進めた。ラウルへの賠償はあと少し。町会議長の外套もようやく納品を終え、工房には久しぶりに余裕ができた。
ネラは北門の仕入れ帳を閉じ、辺境への道が雪で細る前に配送を終えられそうだと言った。一方、王都からは監察の追加要員が来ることになっている。関税騒ぎをきっかけに、近隣の三町でも古い印章の使用が見つかったのだ。問題はルーヴェル一つで終わらない。
シオンは夜、工房の裏で剣の素振りを始めた。木剣を振るう姿は不格好で、十回も続けると息が切れる。彼は剣士ではない。幻灯具と帳簿と針だけでは足りず、ようやく自分の身体の弱さにも向き合い始めた。黒い外套は畳んで棚へ置いた。
北門のトアは隊商から戻り、父のために薬草を買った。エダは酒場の戸口に寒風よけの幕を掛け、バルトは夜警の巡回順を組み直した。皆がそれぞれ冬に備えている。シオンだけが特別な季節を迎えたわけではない。
工房の奥ではミラが春の注文帳を開き、祭礼用の旗を縫う布を選んでいた。外套の色は黒でも、祝いの旗には明るい青を使う。シオンはその対比を眺め、自分が黒だけにこだわっていたことを思い出す。いつか黒い名を広めるなら、対照となる色を知っていなければならない。そんな考えを巡らす間にも、職人たちは黙々と冬服を畳んでいた。
彼は帳面の余白に書いた。『悪は、誰かが呼ぶ名ではなく、自ら負う結果によって形になる』。まだその意味を知ったとは言えない。それでも冬が深まるまで、自分が何者であるかを簡単に名乗るつもりはなくなっていた。




