花印を買う者
町の子供たちの間で、黒い花の印が流行り始めた。石壁に炭で描けば願いが叶うという噂まで生まれた。シオンは憤慨した。恐怖の象徴にしたい印が遊びになっている。しかも花弁の数が人によって違い、枝まで描き足されていた。
市場では染料売りが黒花の型紙を売り出した。出どころを問い詰めると、幻灯具の稽古中に窓から見えた形を写したのだという。シオンは販売を止めろと迫ったが、店主は「絵に主人がいるのか」と笑った。買った者は門の札や荷箱に印をつけ、誰も最初に描いた者を知らない。
数日後、北門で黒花の印が付いた荷箱が盗まれた。犯人は花を密輸団の合図と勘違いし、金が入っていると思ったらしい。中身は冬用の木靴で、盗まれた分だけ宿駅への納品が減った。シオンには無関係の事件に思えたが、印が広まったことが誤解の一因でもあった。
彼はラウルへ相談した。印を所有するにはどうするべきか。仲介人は「金を払っても、人の記憶は買い戻せない」と言った。法律で形を守っても、恐怖まで登録することはできない。
落書きを消すよう頼まれた石工は、子供たちが描いた花を前に少し迷った。橋の下へ続く壁では、花が何十も連なり、隅に小さな馬まで添えられている。犯行の印として扱うには楽しげすぎる。石工はひび割れだけを塞ぎ、炭の線は雨が洗い流すに任せた。シオンがどれほど腹を立てても、町は自分の印に別の意味を見つけていた。
シオンは壁の落書きを消すのをやめた。誰かの手で印が変わるなら、印だけでなく、その印の下で起きたことが意味を決める。彼は黒い花の木版を箱の底へしまい、当分使わないと決めた。




