封蝋の温度
ギルモへ届いた手紙は、事務室で何度も読まれた。男は五枚花弁の封蝋を剥がし、名前のある文を見て少し笑った。脅しのつもりなら遠回しだと事務員に言い、記録へ収めるよう命じた。商談の申し込みと解釈すれば、何かに使えると考えたのだ。
一方、シオンは手紙を送ったことを後悔していない。ただ相手が本当に恐れたかどうかは分からず、返事を待つ自分が滑稽に思えた。悪を名乗るために、誰かからの返事を必要としている。彼は針を動かす手を止め、机の上の黒い封蝋を眺めた。
事務員は紙を届ける時、仕立場の狭さを見て驚いた。大きな組織を率いる者かと思っていたが、そこにあるのは机と針箱だけだった。彼は依頼品の寸法を尋ね、革帯の縫い方に興味を示した。シオンは説明せず、仕事の話なら別の職人へ行けと返した。
帰り際、事務員は廊下で何かを言いかけ、結局頭を下げただけだった。命じられた手紙を渡す役目は終わり、上司がどう判断するかは自分の仕事ではない。その背中を見てシオンは、ギルモを脅そうとしても相手の盾になる者がいると気づいた。盾は忠誠から立つとは限らない。明日の賃金を守りたいだけの者もいる。
翌日、ギルモの事務員が手紙を届けに来た。内容は、正式な契約の相談なら応じるというものだった。事務員は礼儀正しく頭を下げ、仕事内容と報酬を記した紙を置く。脅しとも挑発とも受け取られぬよう、丁寧な文面だった。
シオンは紙を読んで火へ投げた。燃え残りには報酬の数字だけが見える。彼が欲しいのは雇われる仕事ではない。なのに怒りは消えず、相手を恐れさせる代わりに商売へ取り込まれそうになったことが、ひどく屈辱だった。




