閉じられた手
リェスの腕には掴まれた痕が残り、シオンは詰所で注意を受けた。何の証拠もなく人を疑い、無理に触れたことは正当化できない。バルトは被害者へ手当ての費用を申告するよう案内し、シオンへは次に同じことをすれば処分が重くなると告げた。
シオンは黙っていたが、心の中では別の声がしていた。彼はもともと悪になりたいのだ。人を恐れさせ、憎まれるなら望みどおりではないか。しかし胸の内にある怒りは誇り高いものではなく、見当違いに手を出した恥を隠すためのものだった。
バルトは似た印を使う者が複数いる可能性を説明し、若い衛兵へも軽率に決めつけないよう指示した。調書の下には、シオンが過去に受けた橋の処分も記されている。ただし以前に罪を犯したから今回も犯人だと考えることはできない。衛兵はその線を越えぬよう、書類を別々に綴じた。
リェスは夜番の仕事を休み、傷んだ腕へ湿布を貼った。雇い主は事情を聞き、次の勤務を日中に替えた。シオンが自分を正当化しようとすればするほど、こうした細かな損失が先に現れる。相手は自分へ剣を向けた敵ではなく、荷箱を運んでいた青年だ。彼の怒りはその事実を変えられない。
夜、仕立場へ戻ったシオンは、使いかけの革を捨てずに巻き直した。失敗した仕事でも材料を無駄にしない癖は、工房を離れても残っていた。
詰所を出ると、リェスが一人で門を閉めていた。シオンは近づかなかった。相手は謝罪も許しも求めず、仕事へ戻るだけだ。呼び止めればまた自分の満足のために時間を奪ってしまう。
帰り道、彼は古い短剣を握り、錆びた鞘に親指を当てた。英雄が敵へ剣を向ける時には、相手を間違えぬための判断も必要だろう。悪を名乗る自分がその判断を学ぶことは矛盾なのか。シオンは答えを探すより、まず手を放した。




