濡れた銅貨
港で恐喝札を受け取った問屋は、指定された夜刻に銅貨を置こうとしていた。衛兵に相談すれば倉に不正な荷があると疑われると恐れたのだ。若い番頭は父の代からの取引を守りたいと訴えたが、問屋は耳を貸さない。少額で済むなら払う方が早い、と言う。
番頭は迷った末、ネラへ事情を伝えた。彼女は人目につかぬ場所で銅貨を濡らした布に包み、衛兵に預けるよう勧めた。受け渡しを記録するためだ。問屋は不満げだったが、倉の仕事が止まるよりはましだと了承した。
番頭は夜の受け渡しを記録するため、空いた樽の上へ小さな灯を置いた。風が吹くと炎が横へ流れ、布包みの端を照らす。衛兵の一人は橋の下から見張り、もう一人は荷を運ぶ御者を装った。日頃は値段を巡って喧嘩する問屋と番頭が、この夜だけは同じものを恐れていた。
捕まった若者は、水路から引き上げられると咳き込み、口にしたのは家に帰りたいという言葉だった。受け取った金はまだ使っていないと言い、懐から銅貨数枚を出す。バルトはそれを証拠として包んだ。誰かに雇われたなら事情は調べるが、自分の足で取りに来たことも記録へ残る。
夜更け、壁際に置かれた包みを取ろうとする影が現れた。バルトが声を掛けると、影は足を滑らせ、水路へ飛び込んだ。岸の縄へ手を伸ばしたのは、まだ若い男だった。捕まえてみれば港の使いで、指示を受けて来ただけだという。
シオンは水路から少し離れた場所で騒ぎを見た。相手を粛清して名を正すつもりで来たが、濡れて震える若者に刃を向ける場面はすでにない。衛兵は毛布を掛け、指示した者の名を尋ねている。自分より先に働く法と仕事が、また彼の怒りを行き先のないものにした。




