門前の小さな勇気
北門の詰所に、十三歳の荷運び見習いがいた。名はトア。病弱な父に代わり、秋から隊商の手伝いをしている。関税騒ぎで仕事が減っても、彼は毎朝掲示板に集まる商人へ荷車の順番を知らせ、喧嘩になりかけた者を引き離していた。
シオンはその少年を初めて見たとき、声の小ささに失望した。英雄とはもっと目立つものだと信じていたからだ。ところが夕刻、酔った御者が見習いに殴りかかると、トアは震えながらも後ろの幼い荷運びを庇った。周りの大人が駆けつけるまで、少年は一歩も退かなかった。
衛兵バルトは御者を連行し、トアに温かい水を渡した。少年は涙を隠さず飲んだ。シオンはその様子を離れて見ていた。姿勢も声も立派ではない。けれど誰かが逃げる時間を作るため、損を承知で立つことができる。自分が読んできた英雄譚には、そんな場面が少なかった。
夜、シオンは幻灯具の花を壁に映した。影は以前より鮮明だったが、昼間の少年の背に比べると妙に薄い。彼は苛立ち、灯を消した。トアを何かに利用しようとはまだ考えなかった。
トアの父は長年、街道の荷馬を世話していた。熱を出して寝込んだ後も、馬の爪のことを気にするという。少年は父から結び目の作り方を教わり、いまでは隊商の古参からも頼りにされている。助ける者がいなければ自分の家も冬を越せなかった。その事実だけで、少年には人の前へ出る理由があった。シオンの憧れよりずっと素朴で、ずっと具体的だった。
北辺からは、最初の雪が降ったという知らせが届いた。隊商の出発は一日早まり、トアも荷札を結び直す仕事に追われた。少年にとって、黒衣の青年が見ていたことなど何の意味もなかった。




