封をしない手紙
ネラから仕立場へ届いたのは、短い手紙だった。港商会の新しい使用料について意見があれば、正式な窓口を通してほしい。彼の名前が議事録に載るだけで、反対者が脅迫を連想するからだ。最後には、以前渡した貸本を返してほしいとも書かれていた。
シオンは棚から本を取り、傷んだ角を補修した。書かれていたのは古い暴君の伝記ではなく、川沿いの水害の記録である。洪水の年に誰が渡し船を出し、どの倉にパンがあったか。読み返すと、当時の人間には英雄や悪人と呼ばれない者が多い。
ネラの机の横には、古い地図と新しい運河図が並べてあった。港の荷役人がどこを歩くか、橋の補修でどの道が塞がるかを誰でも確かめられるようにしている。シオンは貸本を差し出す前、その書き込みを見て、彼女の仕事が以前より増えたことに気づいた。ネラは一度だけ顔を上げ、期限までに本が戻ったことを記録へ付けた。昔なら茶を淹れてくれただろうが、今日は訪問者が列を作っている。彼はその変化を寂しいと思った。同時に、彼女の時間を取り戻す権利が自分にはないことも知っていた。呼ばれていない会話は始まらなかった。
返信を書きかけて、彼は紙を破った。『あなた方の正義は退屈だ』と書いたところで、ネラが正義を語っているわけではないと気づいたからだ。彼女が望むのは議事録と職場が、彼の気まぐれに脅かされないことだけだった。
本を返すため町会へ行くと、ネラは帳面を見たまま受け取った。二人はしばらく気まずく黙る。帰り際、シオンが「次は自分の意志で動く」と言うと、ネラは目を上げた。「前もそうだったでしょう」。その返事には怒りも許しもなかった。外へ出たシオンは、何を選んだとしても選んだ事実から逃れられないと、改めて思い知った。




