灰の匂う契約
興行の賃金争いは、支配人が売上の一部を遠方の債権者へ先払いしたことからこじれていた。町会の会計係は金の行き先を調べ、払える分から役者へ渡すよう命じた。残りは一座の次の巡業収入から払う。楽師は憤ったが、盗まれたと証明できない金までその場で戻すことはできない。
シオンは宿の裏で、古い契約書を焼こうとする支配人を見つけた。男は見られたことに気づくと紙を靴で踏み、灰を風へ散らした。契約書を消せば借金も消えると思う浅ましさに、シオンは虫唾が走る。彼は男の手首を掴み、火傷しかけた指を放した。
町会の係は灰の中から紙の繊維を集め、火の勢いが強すぎて文字をほとんど読めないと報告した。それでも客が渡した写しや宿帳が残り、契約があった事実は消えない。楽師たちは巡業の予定を変え、病気の仲間が回復するまで近隣の町で小さな公演を行うと決めた。ヴィルは仮面を一箱だけ貸し、売上の分配を事前に紙へ書き込んだ。支配人が残した損は、罰を受けさせてもすぐ埋まらない。別の約束を積み重ねて初めて、旅を続けられる。シオンはその長い作業へ加わる資格を、誰からも求められなかった。
「あなたも脅して金を取ったそうじゃないか」と支配人は言った。その指摘に返す立派な言葉はない。シオンは男の袖から残った紙片を取り、町会の係へ渡した。証拠を消そうとした件は別に記録される。男が罰を受ければ楽師に金が戻るわけではないが、これ以上の隠し事は難しくなる。
帰り際、支配人はシオンへ唾を吐こうとして思いとどまった。黒花の評判を恐れたからではなく、衛兵がすぐ後ろに立っていたからだ。シオンはその違いを理解しながら、乾いた灰の匂いを袖に残して歩いた。自分と同じ醜さを持つ相手を嫌う時、どんな顔をしているのか確かめる鏡が欲しかった。




