渡し守の白髪
鷹ヶ原へ向かう道は川筋を二度横切り、春の増水の後は渡し賃が上がっていた。イルダの運搬隊が町へ戻り、シオンに荷綱の交換を頼んだ。隊の御者たちは北岸の渡し守が料金を倍にしたとぼやく。イルダは紙片を見せ、渡し船の櫓が一本新しくなっているからだと説明した。
渡し守は息子を亡くした後、一人で綱を曳いていた。白髪の頭を日差しに晒し、船が岸へ寄るたび肩で息をする。古い櫓は先月割れ、次に壊れれば人が流される。値上げに腹を立てた農夫も、濁流を覗き込むと黙った。
対岸の道標には、前の春に流された馬車の持ち主の名前が刻まれていた。渡し守はその日も操船しており、客を救えたが荷だけは沈んだと話した。以後、風が強い日は積載を減らす決まりができた。農夫たちは不便だと文句を言いながら、子供を連れた時は決まりを守る。シオンが櫓の革巻きを締め直すと、渡し守は僅かに握りやすくなったと喜んだ。水が相手では腕力だけで勝てない。古い傷と毎日の工夫が、船を岸へ戻している。川上には雨雲の影が落ち、船頭の言葉で客が一斉に空を見た。
シオンは荷綱の結び方を見せるため、一日だけ同行した。川辺では術師が水位の目盛りを読み、舟番が積める袋数を減らしている。危険を減らす仕事は、料金という形で誰かに重さを渡す。その重さを払えない者が、遠回りの浅瀬で馬を傷めることもある。
帰りの船でイルダが「怖いのは川だよ。あんたじゃない」と言った。シオンは腹を立てなかった。恐怖を知る者の言葉は、名乗りの練習より確かだった。渡し守は上流の空へ視線を向け、雨の匂いがするから早く降りろと客を急かした。川の流れは黒い花など知らず、暮れかけた岸を叩いていた。




