北門の幌
仕立場の戸口に置かれた荷車の幌には、長い鉤傷が一本走っていた。依頼人は北の鷹ヶ原へ干し薬草を運ぶ行商の娘、ユネだった。日暮れまでに直してほしいと言う。雨が来れば薬草は売り物にならない。シオンは布の裏へ手を入れ、縫い代が足りないことを告げた。娘は値を上げるか、断るか、どちらかにしてくれと苛立った。彼は古い兵服の端切れを探し、厚い継ぎ布を選んだ。
隣の舟大工が試しに幌を引くと、別の箇所の糸が切れた。直すべきは裂け目だけではない。ユネは積荷を先に納屋へ移し、出立を半日遅らせた。その間、北門では車輪の検査が続き、鷹ヶ原からの便が一台戻った。山道の通行税が改められるらしい、と御者が話す。
ユネが待つ間、南の薬種商から使いが来て、荷の梱包方法を確かめた。乾いた草は厚く詰めると蒸れるので、幌の内側にも風を逃がす孔が要るという。シオンは予定していた継ぎ布の幅を一寸縮め、補強の糸を二重へ変えた。御者と薬種商は互いに急ぎたい理由を持ちながら、品を台無しにしないため折り合いをつける。ユネは待ち時間に家へ短い手紙を書いた。母の薬は次の便で送る、今回は自分が届ける、と。シオンが初めて知る行商の事情だった。
「黒い花の人でしょう」と娘は代金を渡す際に言った。「うちの母は、あなたの札で橋が止まった日に医者へ行けなかった」。シオンは針を持つ指を止めた。娘は責めに来たのではない。幌を直せる職人がほかにいなかっただけだ。支払った金は軽くも重くもならず、机の上で冷えていた。
翌朝、ユネは修繕した幌を張り、荷台の隅に水筒を固定した。シオンは継ぎ布の端が風で浮かないよう最後の結び目を足す。娘は礼を述べる代わりに、仕事の納品書へ受領の印を押した。荷車は北門から消え、仕立場には鉤傷の残った古布だけが残った。




