花のない約束
シオンの一人仕立場には、仕事が少しずつ戻ってきた。荷車の幌を直す依頼、古い兵服の肩当てを補う依頼。客は彼の黒衣を見て躊躇するが、手仕事に間違いがないと知れば代金を払った。悪名も技術も、別々の道から人の心に入ってくる。
ネラはしばらく姿を見せなかった。彼女の仕事は港の収支に加えて、公領との輸送規則の調整まで増えていたからだ。シオンは会いに行かず、約束のない関係がそのまま続くかどうかを考えた。
客の一人は古い軍服を預ける時、着ていた兄が戦から戻らなかったと話した。破れを隠してしまうより、傷の位置が分かる縫い方にしてほしいという。シオンは希望どおり糸の色を少し変え、裂け目の端を補強した。受け取りに来た男は縫い目を長く眺め、黙って頭を下げた。布を直しても失われた人は帰らない。それでも残された者が触れられる形はある。シオンはその仕事の代金を帳簿へ記し、黒花の版へは手を伸ばさなかった。
夕方、ミラの弟子テオが袖を直してほしいと訪ねた。ミラには内緒で来たという。シオンは勝手に衣装を直せば師匠に怒られると告げ、まず本人に許可を取るよう返した。テオは恥ずかしそうに笑って帰った。
机に残されたのは、客から頼まれた古い旗の修理だった。戦で使われたものではなく、船の安全祈願に掲げる布だという。シオンは夜通し縫い、朝に納めた。代金と一緒に小さな感謝の言葉を受け取った。
彼は黒花を押さなかった。仕事の契約にその印は要らない。悪を目指す自分が、別の場所では約束を守る職人であることを、矛盾として笑う気にもなれなかった。人は一つの顔だけで生きていない。




