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悪の美学――染物師の弟子は、最高のヴィランを目指す  作者: 竜太郎


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足止めされた医師

北岸の医師が診るはずだった老人は、予定の時刻に薬を飲めなかった。病状が急に悪化したわけではないが、家族は医師が来ないことを心配して何度も門を見た。橋の警告が偽りと分かった頃、孫娘が怒って詰所へ来た。

バルトは事情を聞き、板を立てた者を探すと約束した。医師は自分が迂回路を使わなかった判断にも責任があると述べ、翌日は往診順を変えた。家族は誰を責めるべきか分からず、老人の枕元へ戻った。

医師は孫娘へ、急変に備えた薬の置き場所を教えた。今度の足止めは大事に至らなかったが、別の日なら結果が違ったかもしれない。女は必死に書き取り、最後に誰が偽の板を作ったのか尋ねた。医師はまだ分からないと答え、まず祖父の呼吸を確かめるよう勧めた。部屋には火鉢の匂いがあり、老人は薄く目を開けていた。シオンがその家の前を通った時、何も知らぬ家族の暮らしが自分の行為を越えて続いていることに、安堵と不満が入り混じった。

シオンは薬種商の前でその話を聞き、初めて自分の板が具体的な顔を持ったと感じた。英雄が剣を抜いて止めに来るような行為ではない。誰かの予定を一時間ずらし、知らぬ家族を落ち着かなくさせる。それが自分の望んだ悪の一部だった。

ネラは橋の混乱で生じた損害の申告を集め始めた。商人の遅配賃金に、乗合馬車の払い戻し。ほんの半日の騒ぎでも、紙の束は厚くなる。彼女は板にある花の印を見て、長く顔を上げなかった。

シオンはその日の夕方、老人の家を通り過ぎた。薬が届き、窓には平穏な灯がともっている。自分のしたことは取り返しがつかないほど大きくもなく、無害でもなかった。その半端さを嫌う気持ちが、また別の悪を呼びそうだった。

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