↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪の美学――染物師の弟子は、最高のヴィランを目指す  作者: 竜太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
166/216

帳簿の余白にある名

ネラはロマス商会の返金台帳を閉じた。全員の支払いが終わったわけではないが、証言を得られない者や転居した者の名を別紙へ移したという。誰かの損失を数字にする仕事は、記録から漏れた者を探す手間に支えられていた。

シオンは台帳の余白へ、最初に会った老婦人の名がないか尋ねた。夜市で銅貨三枚を差し出された時の話だ。ネラは笑い、あの人は自分の客であって商会とは関係がないと答えた。彼は自分の最初の失敗が、いまの帳簿と何もつながらないことを奇妙に感じた。

ネラの机には、返金先の住所を探すための地図が貼られていた。引っ越した人の家には別の家族が暮らし、古い手紙は時に宛先不明で戻ってくる。相談員は港を離れた荷役人の名を読み上げ、知っている者がいないか確かめた。シオンは一人も知らなかった。ロマスの悪に怒った自分が、被害者の大半と会ったことさえない。名を残すため他人の痛みを使うなら、その知らなさはどれほど大きな傲慢になるのだろう。

ネラは旧商会の会計係が、新しい港務所で再雇用を断られたと知らせた。脅迫状を受けた男も、怪しい金の流れを見逃した責任を調べられている。加害と被害が一人の中に同居することは珍しくない。

シオンは帳簿の端に残った空白を見る。悪人を裁くという言葉では、一人ひとりの仕事や暮らしを括れない。自分が欲しいのは裁きではなく、恐怖によって知られる名だ。そう口にすると、ネラは筆を置いた。

「なら、いつか私もあなたを告発するかもしれない」。その声は脅しではなかった。長い付き合いの友人が、互いに越えられぬ線を指で示したようだった。シオンはその線を踏まぬまま、部屋を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。