紙を売る少年
港の路地で、少年が人々の秘密を書いた紙を売っていた。ある商人が酒代を払わなかった話、衛兵の父が借金をした話、誰かの縁談が破れた話。どれも真偽は怪しいが、買う客は笑いながら銅貨を渡した。シオンは一枚買い、文の荒さを見た。
少年は学校を辞め、読み書きだけで金を稼ぐつもりだという。シオンがそれは悪と呼べる仕事かと尋ねると、少年は肩をすくめた。「紙は誰も殴らない」。返事を聞いた瞬間、シオンは腹立たしくなった。紙の刃で苦しむ人を見てなお、その程度の言葉で逃げる者を嫌悪した。
紙を売る少年の母親は、港で魚を干す仕事をしていた。家計の足しに息子が小遣いを稼ぐのは助かるが、人の評判で金を取ることはやめさせたいという。相談員は読み書きを活かせる仕事を探し、倉庫の伝票整理を紹介した。少年はすぐには頷かなかった。嘘の紙は一枚で銅貨を生み、正しい伝票は何十枚も数えなければならない。シオンはその計算を理解したからこそ、彼をただの愚か者と切り捨てられなかった。
彼は少年から紙を買い占め、火の付いた暖炉へ投げ入れようとした。だが近くのパン屋の女が止めた。証拠がなくなれば被害を訴えられないという。シオンは紙を預け、少年の名と売った場所だけを記録した。
夜、少年は別の通りへ移った。売る紙には今度、黒衣の男が客を脅したという話まで混ざっている。シオンは噂を止める手段を持たない。自分の名を何者でもない売り物に変えられたことを、深く恥じた。
翌日、町会の相談員が少年を探し、母親の働く場所へ連絡した。罰を与えるにしても、なぜ働いているのか知らなければ同じことが起こる。シオンはその手続きを横目に、紙を支配する側へ回りたいと思い始めた。




