黒花の注文
町の商人が、黒花の版を百枚刷ってほしいと持ち込んだ。旅の安全を祈る護符として人気が出ているという。代金は十分で、仕事としては魅力的だった。しかし模様はシオンの五枚花弁ではなく、市場に出回る六枚花弁だった。
版木屋の親方は意匠の権利を主張するなら、役所へ登録しろと勧めた。シオンは自分の美学を紙の権利へ閉じ込める気にはなれない。だが他人に名を売られるのも腹立たしかった。
注文を断った後、シオンは版木屋の帳場で意匠登録の規定を調べた。花弁の数だけでは独占権が得られず、用途や見分けの付く図案が必要らしい。彼にはその手続きがひどく窮屈だった。自分の理想を役所の帳面へ描けば、誰も真似できない代わりに、誰も恐れないただの商品になりそうだった。帰り際、別の客は花の色を赤くしてほしいと頼んでいた。形に意味を込めた者の気持ちなど、買う人の前では軽く変わってしまう。
商人は淡々と言った。「お客が欲しいのは、怖くない花だよ」。子供が枕元へ吊るし、馬車の御者が道中の無事を願う。彼らは黒い花を恐怖ではなく厄除けとして受け取っている。シオンが何を考えて彫ったかなど知らない。
彼は注文を断った。商人は残念そうに肩をすくめ、別の職人を探しに行く。翌日には版木屋の若い職人が引き受けたらしく、市場に札が並んだ。拒絶しても物事は止まらない。
シオンは夜、五枚花弁の木版を磨き直した。印が恐れを持つには、誰が使ったかだけでなく、何が起きた場所へ押されるかが必要だ。彼は空白の紙を机へ置き、初めて自分から相手を選んで悪事を働く日のことを考えた。




