書きかけた謝罪
シオンは地主へ出す二通目の手紙を書いた。最初の一行には、自分が流した噂は根拠がないと記す。その後で、相手が小作人の弱みにつけこんだことを責めた。紙を読み返すと、謝罪と脅迫が同じ文字の中で争っている。
宿の女将は手紙を見て、送る前に一晩置くよう勧めた。彼女は若い頃、言い争いの勢いで家族に絶縁状を出し、十年かけて関係を戻したという。シオンは自分には家族がいないと答えた。女将はだから余計に言葉を大切にしろとだけ返した。
郵便係は封筒の重さで料金を決め、銀貨を細かく両替してくれた。シオンはお礼を言うため口を開き、相手がすぐ次の客へ向き直るのを見た。手紙を送る側には人生を揺らす決心でも、運ぶ人にとっては今日の仕事の一つだ。宿へ戻れば女将が床を拭き、料理人が豆を煮ている。訂正状を送ったからといって朝食が豪華になることはない。シオンは封筒の写しを手帳へ挟み、いつかそこに書いた言葉も、他人からはただの帳簿の一行として読まれるのだろうかと考えた。
朝、彼は謝罪文を削り、事実の訂正だけ残した。被害を受けた人には、自分の満足を説明しても仕方がない。けれど心にもない後悔を書けば、自分の選択を薄めてしまう。黒花の名を守るための訂正は、相手には冷たく見えるだろう。
郵便係は切手代を受け取り、封筒を他の手紙と同じ袋へ入れた。隣には婚礼の招待状と、出稼ぎ先から送る金の知らせがあった。恐怖の告白が、日常の便に紛れて運ばれていく。
昼、村から届いた報告では水車が動き始めた。シオンの手紙より先に仕事が戻る。誰かの生活の修復が自分の意志を待たず進むことに、彼は少しだけ安堵していた。




