誰のための嘘
水車の地主は、シオンへ正式な抗議状を出した。脱税の疑いを流されたことで取引が二件止まり、商人から説明を求められているという。シオンは受け取った紙に大きく黒花を描き、返信を書こうとした。挑発的な一文を考えるほど、あの朝の代理人の青ざめた顔が思い浮かぶ。
フェルマが宿へ来て、事実関係を確かめた。税の記録を調べたが、現時点で脱税の証拠はない。契約は厳しいが、違法と断じるのも難しい。土地の慣習と公領の新しい農業規則が食い違っているのだという。
巡察官は宿の机に地図を広げ、村と水車の位置を示した。上流の小さな堰が破れれば、別の地主の畑まで浸水する。水車だけを奪い返しても周囲の水管理を無視できないのだ。シオンが噂を流した日の朝、堰を守る人々は何も知らず働いていた。彼はその仕事を見なかった。フェルマは責任を認める言葉を調書へ写し、彼が後悔しないと言っても罪が軽くなるわけではないと説明した。
シオンは嘘だったと認めた。フェルマは理由を尋ねる。彼は「恐れさせたかった」と答えた。水車を守りたかったのではない、地主の顔を見たかったのだと。巡察官はしばらく黙り、それなら村人はあなたの遊びに巻き込まれたのだと告げた。
その言葉は彼の夢を否定しなかった。むしろ、自分が最初から望んでいた悪の姿を映した。誰かの生活を傷つけ、その事実を知ってなお自分の満足を選ぶ。もう善行のように飾ることはできない。
夜、彼は返信から黒花を消し、事実だけを書いた。嘘を流したことは認める。責任から逃げない。しかし後悔しているとは書かなかった。そんな言葉を差し出せば、恐れに価値があると信じた自分を安く売ることになる気がした。




