三代目の印鑑
農夫が持つ土地契約は三代目の印鑑で更新されていた。だが公領の紋章が改められた時期と合わず、村の記録係は無効と判断しかけた。老人は自分が作ったのではないと訴え、畑を失えば孫の婚礼も取り消されると泣いた。
巡察官フェルマは契約を一度預かり、紙問屋へ製造年を尋ねた。藁の混ぜ方は古式に近いが、封蝋は新しい。誰かが破れた契約を貼り直した可能性がある。捏造と修繕は、表面だけ見れば同じ跡を残す。
孫娘は古い箱を探す間、家の梁に刻まれた背丈の印を見せた。子供の頃、毎年の収穫日に祖父が印を付けたという。畑が家族にとってどれほど長い時間を意味するか、外から来た巡察官には数字だけでは分からない。フェルマは印の年を控え、古い契約が作られた時期を確かめる手がかりにした。シオンは箱を運ぶ手伝いをしながら、自分が偽の紙を差し込めば、この家の誰もが長く疑いを背負うことを考えた。恐怖は剣先より静かに残る。
シオンは封蝋の色の違いを指摘した。黒い花を作るために覚えた染料の知識が役立ったが、フェルマは褒めず、事実だけを記録した。相手に賞賛されぬことが、今回は気にならなかった。
孫娘は古い箱から祖父が払った税の控えを見つけ、村の鐘楼の下にある公文書の写しと照らし合わせた。畑の所有はまだ争われるが、耕作してきた事実は確認された。老人は一日で救われなかった。それでも追い出される期限だけは延びた。
宿へ戻ったシオンは、偽の告発状を机へ出した。こういう場所なら一通の嘘が人を何年も苦しめる。黒い花を誰も知らない町で、その力を試したい。彼は紙を折り畳み、翌日の持ち物へ加えた。




