紙問屋の奥座敷
公領中央町の紙問屋には、土地の記録を保管するための厚紙が山積みだった。湿気に強い藁を混ぜた紙は高く、農家が自分で買うには負担が大きい。役所は年に一度だけ安く配り、所有地の測量図を写させていた。
シオンは紙を見に入り、問屋の主人エーレンと話した。紙の品質を確かめるため指先で端を折ると、主人はすぐにやめろと止めた。何十年も残す文書へ使うのだから、一度の折り目さえ不良になる。
問屋には農村の記録係が二人訪れ、薄い紙を一枚ずつ数えていた。役所の規定では十年ごとに税帳を写し直すため、買い忘れれば村の申告が遅れる。主人は奥の在庫を気にしながらも、約束した紙だけは揃えた。シオンが欠けた数量の行方を尋ねると、主人は忙しいから明日にしてくれと答えた。嘘をつく者の顔を探すより、売るべき品と役所の注文を正確に知る方が先だろう。だが黒衣の青年には、その順番が耐え難く遅く感じられた。
店の奥には、公領の税役人が買い上げた紙が積まれていた。しかし納品記録と数が合わない。主人は輸送途中で紛失したと説明し、写しを見せなかった。シオンは悪事を嗅ぎ取ったが、単なる在庫の移動かもしれないとも考えた。
その夜、町の宿で農夫二人が境界の争いを語っていた。一方は三代前の契約を持ち、もう一方は古くから畑を耕している。裁く者が何を信じるかで家の将来が決まる。紙一枚が人の暮らしを占める土地だった。
シオンは問屋の奥座敷の戸を見上げ、黒花の封蝋を押した架空の命令書を想像した。真偽も分からぬ紙を一枚置くだけで、誰かの財産が揺れるかもしれない。その力を欲しいと思う自分の顔を、窓の反射が静かに映していた。




