告発状の裏面
街道の宿駅に、村人が代官を告発する書状を持ち込んだ。署名は二十六、内容は井戸の修理費を横領したというものだ。シオンは一見して書式が整いすぎていると感じた。工房で見てきた素人の申立てには、こんな綺麗な文句は並ばない。
書状の裏に薄い墨跡が残り、よく見ると別の帳面に使われた紙の再利用だった。宿場の書記は同じ紙を町の金融業者が仕入れたと証言した。しかし誰かが清書しただけなら罪にはならず、代官を憎む村人の訴えが偽りとも限らない。
書記の机にはほかにも苦情が積まれていた。役場の窓が割れたこと、村へ来る馬車が一日遅れたこと、税の控えを返してほしいこと。代官へ不満を持つ理由は一つではない。シオンが告発状の文句を読み直すと、村人の怒りは確かでも、断定するための根拠だけが抜けていた。真実らしく書かれた嘘は、事実より簡単に人をまとめられる。彼はその便利さを、恐怖と一緒に懐へしまい込んだ。
シオンは井戸の費用を調べると申し出た。イルダは隊の仕事を優先し、次の町までに戻るなら半日だけ待つと言った。彼は公領の帳場へ行き、修理費の支出先を尋ねる。担当者は居丈高に答えず、公開できる記録を机へ並べた。
帳簿には水師の旅費がまだ支払われていなかった。横領ではなく、交渉中の費用を決済済みと書いた記載ミスだった。代官の無能さは残るが、書状にある『金を私蔵した』という断定は裏付けられない。
村人は告発を取り下げなかった。水がなければ誤記も横領も同じ不利益だという。シオンはその怒りを理解しながら、真実と効き目を混ぜたがる自分の胸の内を見た。虚偽の告発で人を破滅させることはできる。そう知った瞬間、彼は初めて使ってみたいと感じていた。




