北行きの帳付け
公領へ向かう運搬隊が、町を出る前に帳付けの手を探していた。荷主は十人、荷は薬瓶と絹糸と種麦。関所が二つあり、品目ごとに通行の印を取り直す必要がある。ネラは多忙で同行できず、読み書きと革紐の修理ができるシオンを推薦した。
隊長のイルダは黒い外套を見るなり、荷を飾りに使わないこと、途中で勝手に離れないことを条件に出した。シオンは脅すつもりなどないと笑ったが、イルダは表情を変えない。彼の過去の処分を知った上で、仕事の腕だけを買うという。
イルダの隊には帰郷を急ぐ少年の御者もいた。妹の婚礼までに報酬を届けたいと言い、休息のたびに出発をせがむ。隊長は急がせず、馬の蹄鉄を一つずつ確かめた。「道中で一台壊せば、その子の金も遅れる」。シオンは荷の予定表に余白を作り、遅延が生じた時の連絡先を書き足した。帳簿を仕上げることに誇りは感じる。それでも胸の奥には、もっと恐ろしい仕事を選べる自分でありたいという焦りがあった。
契約は六日間の予定だった。帰還が遅れた場合、共同工房の納期をどうするかが問題になる。サナは反対せず、代わりの職人を探せと告げた。ヴェグは腰を痛めた兄を呼び、ケルは賃金を日割りで計算した。誰も見送りの言葉を言わなかった。
夜、シオンは宿帳の余白に北行きの荷を列記し、黒花の木版を袋へ入れた。町を離れた先では、自分の名を知る者はいない。世界は再び最初の橋のように広く、黒衣も見知らぬ若者の服でしかなくなるだろう。
出発の朝、ネラが印の違いを書いた小さな紙を渡した。各関所には別々の権限があり、同じ王国でも決裁の人間は異なる。シオンは紙を読んで頭を下げた。隊の馬が鼻を鳴らし、川沿いの道には小雨が降り始めた。




