水際の祭礼
川の増水が収まると、港の住民は水際の祭礼を準備した。水難で亡くなった者の名を読み上げ、今年の航海の無事を祈る古い習わしだ。舟大工は灯籠の土台を直し、旅芸人は子供たちに歌を教えた。ロマス商会から金を受けていた世話役も、今年は小さな寄付だけで続けようと決めた。
シオンは祭礼の飾りに黒い花を忍ばせたいと思った。白い灯籠が並ぶ川に、一つだけ暗い印が浮かべば目立つ。しかし祭礼係の老婆へ話すと、死者の名は生者の願望を飾るために読むのではないと言われた。彼女は代わりに、灯籠の裂けた布を縫ってほしいと頼んだ。
祭礼係の帳面には、去年亡くなった舟番の名前が二つ増えていた。一人は嵐で落水し、もう一人は病で岸の家から出られなかったという。同じ川を仕事にした者でも、死の事情は別々だ。老婆は灯籠の数を数え直し、子供に名前を間違えぬよう頼んだ。シオンは黒い布の端へ針を通しながら、誰も自分の名を呼んでいないことに安堵を覚えた。
作業場には、船を失った男と船頭を続ける娘がいた。二人は口数が少なく、灯籠の底へ重しを入れながら互いに布を渡す。シオンは彼らに悪の美学を語る気になれなかった。自分が望む暗さとは別の、何年も消えない影がここにある。
祭礼の夜、外出制限の時刻が来る前に彼は帰った。川面に流れる灯が窓の向こうで揺れ、向かいの屋根へ橙色を映した。自分の花がなくても人は立ち止まり、黙って頭を垂れる。恐怖ではない力が町を一つの方向へ向けていた。
シオンは針箱の蓋を閉じた。誰かの悲しみを盗んで名を残すことは、いまの彼にはあまりに安っぽく思えた。だが花を咲かせる場所を選ぶのもまた、自分の勝手な美意識でしかなかった。




