燃えない帳簿
ロマスは商会の書庫から、一部の給与台帳を別の倉庫へ運ばせた。ヨエルは監視を付け、令状が出るまでの移動記録を確保した。シオンはその知らせを聞き、証拠を守ろうとする役人たちの努力を知った。自分が先に忍び込んだら、また調査を壊すことになる。
それでもロマスを怖がらせたい気持ちは消えなかった。シオンは商会の前で黒い封筒を二通目として差し出した。「夜までに逃げるなら、何を持って行くか見届ける」。会計係は受け取りを拒否したが、シオンは門番へ預けた。直接の脅迫になりうる文言だった。
夜、商会の書庫に火が出た。火元は暖炉の灰受けで、帳簿を燃やした形跡はなかった。使用人が早く気づき、近所の職人たちが水桶を運んで延焼を防いだ。シオンは駆けつけ、黒い封筒のせいで自分が疑われると理解した。
火が消えた後も、商会の裏庭には焦げた木の匂いが残った。濡れた書類を乾かすため、従業員たちは一晩中紙を並べ替えた。会計係の一人は仕事の遅れを心配し、朝食を取らずに働いたという。シオンは火をつけていない。それでも自分の脅しが届いた夜に火事が起きたことを、便利な偶然として片付ける気にはなれなかった。
ヨエルは取り調べで、火をつけたかどうかを尋ねた。シオンは否定し、書庫の外へいた時間を説明した。証拠が揃うまで放されなかったが、火の原因が明らかになると帰された。彼の手紙は脅迫として別に記録された。燃えなかった帳簿も、彼の罪の可能性を消さない。
明け方、商会の使用人は煤に汚れた机を磨いた。シオンは通りの向こうで見ていた。誰かの悪を追い詰めようとする自分にも、疑いを背負う覚悟が要る。だが火の中に人がいたことを考えると、安易に恐怖の花を咲かせる方法には、はっきり拒絶すべき一線があった。




