夜半の勘定合わせ
フォルの帰還を受け、ロマスの商会は彼が借金を踏み倒したとして町会へ訴えた。書類には確かな署名があり、返済期限も記されている。ネラは契約の成り立ちを調べ、他人の借金の付け替えを証明する記録を集めた。町会の審問は数日後に決まった。
シオンはその知らせを聞き、いまロマスへ圧力を掛ければ書類が消えると考えた。だが同時に、彼が準備した偽の保証人や架空の警護料も表へ出る前に処分されるかもしれない。ロマスが逃げれば、被害を受けた者が取り戻す金も消える。
その夜、シオンは商会の会計係へ黒い封筒を送った。要求はひとつ。すべての賃金台帳を公の場へ運ぶこと。守らなければ商会が買い占めた倉庫枠を全て明らかにすると書いた。虚偽ではない。彼は港務官から得た公開契約の写しを、すでに揃えていた。
二通目を書く前、シオンは今まで使った脅迫文を並べて読み直した。誰かに命令する言葉が多く、相手の選択肢を考えていない。今度の要求なら商会は拒むか、隠すか、出すかを選べる。だがその選択を迫ること自体が暴力になる。彼はそれを知らなかったふりをせず、封蝋を押した。
会計係は封筒を読んで震え、上司のロマスへ届けた。ロマスは破らずに保管し、商会の出入りを厳しくした。港務官は一部の倉庫で荷の搬出が遅れていると報告した。今夜の手紙が引き金になったかどうかは分からない。
シオンは工房に戻り、針を磨いた。自分の名で送った黒封は、逃げようと思えば証拠になる。ロマスが従うとは限らない。それでも彼は初めて、相手の暮らしを揺らす目的で恐怖を差し出した。戸外では舟の鐘が鳴り、対岸の家々はそれぞれの灯を消していた。




