手袋を返す相手
フォルの借用証は、見習い賃金の三倍もの額だった。最初の前借りは薬代のためで、利息が重なり、途中から別人の借金まで肩代わりさせられていた。宿駅の帳場主は契約を管理するだけだと言い、書類へ触れることを渋った。
カルナは護衛として帳場主へ正式な閲覧請求を出した。彼女の雇用主は街道商会で、宿駅との取引記録を持っている。シオンは待つことに耐えかね、フォルを連れて町へ逃げようと提案した。だが少年は首を振った。「俺が逃げたら、次はほかの子が払う」。
シオンは返す言葉を失った。人を支配する仕組みは、捕まえた一人を縛るだけではない。誰かを思う気持ちまで鎖に変える。ロマスが掲げる『保護』という言葉の醜さを、彼はようやく正面から見た。
祖母の家には、フォルが昔作った小さな木棚が残っていた。斜めに釘が入り、今にも倒れそうだが、老人は直そうとしなかった。少年が戻れば自分で直すだろうと考え、長くそのまま置いていたのだという。シオンは戸口から棚を見て、人が帰る場所を持つことの重さを、初めて羨ましいと思った。
翌日、カルナの請求が認められた。宿駅の書記は原本の写しを作り、フォルには町の労働相談所で審査を受けるよう勧めた。彼が不正な契約の被害者であっても、渡し場の恐喝に関わったことは消えない。フォルはそのことを知りながら帰る決意をした。
祖母へ手袋を返したのはフォル自身だった。老人は泣き叫ばず、ひび割れた手を握って暖炉の前へ座らせた。シオンは家に上がらず、戸口で短く頭を下げた。彼が望むのはこの一家の感謝ではない。むしろ家族の思いを盾にした者の名を、二度と同じ仕事で使えなくしたかった。




